児童精神科から見た「不登校の子どもたち」
不登校は「病名」ではない
まず大事なのは、不登校=病気の名前ではないということです。文部科学省では、不登校を「病気や家庭の経済的な事情が理由ではなく、心やからだ、周りの環境などの影響で、学校に行かない/行きたくても行けない状態が、1年間に30日以上続くこと」と定義しています。
つまり、「不登校」という言葉が示しているのは、「今は学校に行くことが難しい状態」になっているということです。
不登校の背景には、たいてい「ひとつの理由だけ」ではなく、いくつもの要因が重なっています。
心理的な要因
- いじめや友だち関係への不安
- 強い緊張や心配ごと
- 自信(自己肯定感)の低下
- 気持ちの落ち込み・不安感
など、こころの負担が少しずつ積み重なっていることが多くあります。
家庭の中では、
- 親子関係のぎくしゃく
- 家庭内の不和
- 過干渉・過保護など、関わり方がうまくかみ合っていない
- 経済的な不安や家族の病気
といったことが影響することもあります。
学校生活では、
- 勉強でつまずいて自信をなくしてしまった
- 先生やクラスメイトとの関係の悩み
- 部活動でのトラブルやプレッシャー
- 受験や進路への大きな不安
などがきっかけになり、不登校につながることがあります。
近年は、
- SNSやオンラインゲームの長時間利用
- 夜ふかしや昼夜逆転
- 家の中での活動が中心になり、人と直接会う機会が減る
といった生活リズムの乱れが、不登校の背景に関わっているケースも増えています。不登校、はどのお子さんにも起こりうることです。
「特別なこと」「うちの子だけの問題」と決めつけず、まずは正しく理解することから、一歩がはじまります。
年齢ごとの特徴
不登校のあらわれ方は、年齢や発達の段階によって少しずつ違います。
よくある事例
小学生
小学生では、親と離れることへの強い不安が背景にあることが多く、
- 「お腹が痛い」「頭が痛い」など、体の不調を訴えて登校をしぶる
- 前日の夜までは元気でも、朝になると急に具合が悪くなる
といった様子がよく見られます。これは、こころの不安が体の症状として出ているサインのことも多いです。
中学生
中学生になると、思春期特有の心と体の変化が影響してきます。
- 友達関係のトラブルやいじめ
- 勉強の難しさ・成績へのプレッシャー
- 部活動の負担
- 自分の将来や進路への不安
などが重なり、不登校につながることがあります。 親に対して反抗的な態度やきつい言葉が増えるのも、この時期によくある変化です。
高校生
高校生では、
- 受験や進学・就職など、将来への不安
- 「このままでいいのか」という焦りや自己否定感
- インターネットやゲームに依存しやすくなること
- 昼夜逆転の生活
などが背景となり、不登校が続くことがあります。「自分だけ取り残されているような気持ち」から、ますます学校から足が遠のいてしまうことも少なくありません。
よく見られる症状
登校のお子さんには、心と体の両方にサインがあらわれることがあります。これらは「学校に行きたくないワガママ」ではなく、「もうこれ以上がんばるのが苦しい」という心と体からの大切なSOSです。
心のサイン
- 「どうせ自分なんか…」「行っても意味がない」といった、自分を否定する言葉が増える
- 好きだった遊びや趣味に興味がわかなくなる
- 登校を意識すると、不安や緊張が一気に高まる
- 前日や当日の朝に涙が出る/体が固まる/玄関まで行けない
- 夜なかなか眠れない、寝つきが悪い、夜中に何度も目が覚める
- イライラしやすくなり、家族にきつく当たってしまう
- 「宿題」「友達」「クラス」など、学校の話題をはっきり避ける
- テレビやSNSで学校の話題が出るだけで、強い嫌悪感や不快感を示す
体のサイン
- 朝になると頭痛や腹痛を訴える(前夜は元気でも、登校時間が近づくと悪化する)
- 登校直前に吐き気や下痢が出る
- 病院で検査しても、はっきりした異常が見つからないことが多い
- 夜更かし・不眠・昼夜逆転など、睡眠リズムが乱れる
- 朝ごはんが食べられない/食欲が落ちる
- 反対に、ストレスから食べすぎてしまう(過食気味になる)
これらはすべて、心と体が限界に近づいているサインです。無理に学校に行かせようとすると、
- 症状がさらに強くなる
- 親子の関係がこじれてしまう
こともあります。まずは、「どうしてこんなサインが出ているんだろう?」と考え、お子さんの心の声に耳を傾けてあげることが、とても大切です。
「昔の状態に戻す」ことがゴールではない
不登校の支援の最終ゴールは、「毎日学校に行くこと」ではなく「その子が自分らしく社会参加できること」です。
近年、不登校になる子供の数は増加し、進学の道は大きく変わってきています。
最近のデータでは、
- 登校は 11年連続で増加
- 小中学生で年間30日以上欠席している子どもは 約34万人(10年前の約3倍)
- 中学生では 100人に約6人が不登校
一方で、
- 高校進学率は 約98.8%
- 通信制高校の割合も 5%超
となっており、「不登校だから将来が終わり」ではまったくない時代です。
- 学力試験を行っていない高校
- 通信制・定時制・サポート校
- 週何日か通うスタイルの学校
など、多様な進学ルートが整ってきています。
児童精神科の支援では、こうした制度も踏まえて、子どもと親の「先の見通し」を一緒に描きながら支援を行います。
まずは、
- お子さんの心と体を休めること
- 安心して過ごせる場所や時間を取り戻すこと
から始めます。心が少し落ち着いてくると、「これならやってみようかな」「少しだけなら行けるかも」という気持ちが、その子のペースで育っていきます。
ご家庭でできること
お子さんは決して「なまけている」わけではなく、今は心が疲れて動けなくなっている時期と考えてみてください。
- 「できないこと」ではなく、「できていること」に目を向ける
- 学校の話題だけにこだわりすぎず、家での何気ない会話や楽しい時間を大切にする
- 睡眠や生活リズムは、最初から完璧を目指さなくて大丈夫
例)まずは「起きる時間だけそろえる」といった、できるところから
保護者の方が「今のままでも大丈夫だよ」という姿勢でいてくださることが、お子さんにとっていちばんの安心材料になります。
学校・地域とのつながりをゆっくり保つ
学校と距離を置いている時期でも、「つながりそのもの」をゼロにしてしまう必要はありません。
- 別室登校や、時間をずらした登校
- スクールカウンセラーや先生との、ゆるやかな連絡
- 教育支援センター・フリースクールなど、「安心していられる場所」
- 自分のペースで取り組めるオンライン学習や家庭教師
など、形はさまざまです。「行くか・行かないか」の二択だけで考えるのではなく、お子さんが安心して過ごせる居場所を増やしていくという発想が大切です。
診断は「ゴール」ではなく「支援のスタート」
よく保護者から、「とりあえず診断名をはっきりさせたいんです」と言われることがあります。もちろん診断は大事ですが、診断そのものは子どもを楽にしません。
大事なのは、
- その子がどんな特性を持っているか
- どんな場面で困りごとが強く出るか
- どんな環境なら力を発揮しやすいか
- 学校・家庭で、どんな調整や配慮が有効か
といった一人一人の個性を理解し、支援に結びつけることです。
不登校とその原因となる疾患
ASD(自閉スペクトラム症)
- コミュニケーションや対人関係の難しさ
- 興味の偏り・こだわりの強さ
- 環境変化へのストレスの強さ
などの特性から、学校生活で疲れやすく、不登校につながることがあります。診断される人が急増していますが 、
- 診断基準の変更
- 社会の理解が進んだこと
- 親の出産年齢の上昇
など複数の要因が重なっています。
大事なのは「急増しているから怖い」というより、特性に合った環境や支援を整えることで、その子の力を生かすという視点です。
ADHD
- 忘れ物が多い
- じっとしていられない
- 思いつきで行動してしまう
などの「不注意・多動・衝動性」が特徴です。世界的に約5%、日本でも同程度とされています。
ADHDやASDがある子どもは、
- いじめの標的になりやすい
- 叱られる経験が多く、自己肯定感が下がりやすい
- 二次的に不安や抑うつ、不登校につながる
といったリスクがあります。
発達特性そのものより、「環境とのミスマッチ」や「周囲の理解不足」がしんどさを増やしていることも多いです。
うつ病とうつ状態
子どもでも、強いストレスや環境の変化が重なることで「うつ状態」になることがあります。大人のように「気分の落ち込み」と表現されず、
- 朝起きられない
- 疲れやすい
- イライラが増える
- 楽しいと思えない
- できていたことが急にできなくなる
といった形で表れやすいのが特徴です。「怠けている」「やる気の問題」ではなく、心身のエネルギーが低下している状態です。大切なのは、頑張らせることよりも回復できる環境を整えること。原因となっているストレスを整理し、無理のないペースで生活する中で心のエネルギーを回復させていくことで改善します。
不安障害
不安は誰にでもある自然な感情ですが、強すぎたり長く続くと日常生活に影響が出ます。子どもでは、
- 学校へ行こうとするとお腹が痛くなる
- 人前で話すのが極端に怖い
- 電車や人混みで息苦しくなる
- 「失敗したらどうしよう」という思いが頭から離れない
などの形で出ることがあります。
不安を抱えやすい子は責任感が強かったり、周囲に気をつかいすぎる傾向があることも多いです。不安障害は「気にしすぎの性格」ではなく、心のアクセルとブレーキのバランスが崩れている状態。大切なことは、安心して過ごせる条件を整え、困ったときの対処法を少しずつ身につけていくこと。環境の調整と、気持ちへの向き合い方のサポートを組み合わせることで、自然と不安の波が小さくなっていきます。
起立性調節障害(OD)
思春期のお子さんに多い、自律神経のバランスの乱れによる体調不良です。
- 朝起きられない
- 立ち上がるとめまいや気持ち悪さが出る
- 午前中に強いだるさがある
- 午後から元気になる
といった日内変動が特徴です。
これは意志や根性の問題ではなく、身体の調整機能が追いついていないために起こります。無理に動かそうとすると症状が悪化してしまうこともあります。回復のためには、まず本人の状況を周囲が正しく理解することが重要です。そのうえで、学校と相談しながら取り組める範囲の学習や登校方法を工夫し、本人の症状や様子をふまえながら、タイミングを合わせて生活を少しずつ取り戻していきます。
過敏性腸症候群(IBS)
ストレスや緊張が強いと、腸が敏感に反応してしまう状態です。
- 朝の腹痛や下痢で登校が遅れる
- 学校でトイレが気になって授業に集中できない
- 受験・人前・新しい環境で症状が悪化する
など、生活に影響が出やすい症状です。
過敏性腸症候群は、本人の気持ちの強さや弱さで決まるものではなく、腸がストレスに敏感に反応してしまう身体のしくみから起こる疾患です。原因を一緒に整理し、生活・食事の工夫や必要に応じた薬物療法を行うことで、症状は大きく改善します。
薬の位置づけ:不登校を治す「魔法の薬」はない
結論から言うと、「不登校そのものを治す薬」は存在しません。
薬が検討されるのは、原因あるいは関与しているとはっきりされる診断がある場合にかぎられます。不登校支援の基本は、心理社会的な支援・環境調整・家族支援であり、薬はあくまで補助的な位置づけです。
家族支援から始まり、最終ゴールは「社会参加」
不登校支援のプロセスは、だいたい次のように進みます。
- 家族支援・家庭環境の調整
- 個別支援(本人との関わり)
- 小さな集団・居場所での支援
- 学校や仕事などへの社会参加
いきなり「明日から学校へ」ではなく、段階を分けて少しずつハードルを上げていくイメージです。
めざすべきゴール
「元に戻すこと」ではなく「これからを一緒に考えること」
不登校は、決して人生の失敗でも、親の責任でもありません。子どもは、つらい経験を「なかったこと」にすることはできませんが、その経験を糧にしながら、より良い方向へ、より強い方向へ成長していきます。支援の本当のゴールは「毎日学校に行けるようにすること」ではなく、その子が自分らしく学び、成長し、社会とつながれる未来をつくることです。
現在は進学ルートも多様化しており、
- 都立・県立でも多様な受け入れ枠がある
- 学力試験を課さない学校も増えている
- 通信制高校・サポート校など、柔軟な選択肢が拡大している
「いま学校に行けない」という状態が、未来の可能性を閉ざす時代ではありません。その子に合った進路や学び方を選び、社会につながるルートはいくつも存在します。
家族支援から始まり、最終ゴールは「社会参加」
不登校支援は、段階的に進めることが大切です。いきなり「明日から学校へ戻る」ではなく、少しずつハードルを上げるイメージで進めます。
一般的な支援の流れは次のとおりです。
- 家族支援・家庭環境の調整
まずは家庭が安心できる場所であることが最優先。子どもの自己否定を強めない関わりが必要です。 - 個別支援(本人の気持ちの整理)
不安・恐怖・緊張など、子どもの中にある「行けない理由」を一緒に整理していきます。 - 小さな集団・居場所での支援
いきなり学校に戻らず、フリースクールや小規模なコミュニティなど「安心できる集団」でリハビリ的に社会性を取り戻します。 - 学校や仕事などへの社会参加
最終ゴールは「社会参加」。通学の形や頻度は子どもによって異なり、別室登校・部分登校・通信制など、多様な選択肢が存在します。
ポイントは、学校へ戻すことがゴールではなく、“社会とつながる未来”をつくることがゴールであるという視点を常に持つことです。
いちばん大事なのは「話せる関係」を守ること
どれだけ支援が整っていても、子どもが親に本音を話せない環境では、回復は進みません。そして重要なのは、「話させること」ではなく「話せる状態を守ること」です。子どもは本音を引き出そうと問い詰められると、むしろ心を閉ざします。たとえば、
- 「何でも話しなさい」と迫る
- 朝から「今日は学校どうするの?」と問い詰める
- 子どもの言葉より、親の正論を優先する
こうした関わりは、悪気がなくても“話せない空気”をつくってしまいます。
子どもとの関係を守る基本のコツ
- 挨拶や雑談など、軽いコミュニケーションから始める
- いきなり学校の話に切り込まない
- 子どもの言葉+そのときの感情を丁寧に受け止める
- 「つまりこんな気持ちかな?」とやさしく整理して返す
- 説得ではなく「一緒に考える」姿勢を持つ
このような関わりが積み重なることで、子どもは「この人には話しても大丈夫」と感じ、少しずつ本音を見せ始めます。
不登校に関するまとめ
- 不登校は“病気”ではなく“状態”
- 行けなくなる背景には必ず理由がある
- 子どもが学校に行くための4条件(勉強・活動・友だち・先生)を点検する
- 子どもを変える前に「環境を変えられないか」を考える
- 不安は“未来が見えないこと”で強くなる
- 支援のゴールは「元に戻すこと」ではなく、「これからの生き方をつくること」
- 最終的な目標は「社会参加」
- そのために、親子の「話せる関係」を守ることが何より大事
不登校は、その子の人生の終わりではありません。むしろ、その子が生きやすい道を一緒に模索する重要な転機になることも多いのです。
不登校に関するよくあるご質問(FAQ)
不登校は「さぼり」や「甘え」なのでしょうか?
いいえ、そうではありません。不登校は、本人の怠け心ではなく、心や体の不調、環境からのストレスなどが重なって起こるものです。誰にでも起こり得ることであり、「甘え」「根性が足りない」などと片付けてしまうと、お子さんをさらに追い詰めてしまうことがあります。
どのくらい休んだら「不登校」とみなされるのですか?
部科学省の定義では、病気や経済的な理由を除き、年間30日以上の欠席がある場合を「不登校」としています。ただ、現場では日数にこだわりすぎず、「学校に行くことがつらくなってきているサイン」として、早めに相談することが大切です。
朝になると頭痛や腹痛を訴えます。病院では異常がないと言われましたが、大丈夫でしょうか?
朝の体調不良は、不登校のお子さんによく見られるサインです。心の不安やストレスが、体の症状として出ている可能性があります。「仮病だ」「大げさに言っている」と決めつけず、
- いつ頃からそうなったのか
- どんなときに症状が強くなるのか
を一緒に振り返りながら、必要に応じて小児精神科などにご相談ください。
不登校が長引くと、将来に大きな影響が出ますか?
勉強の遅れや進路への不安が出てくることはあります。ですが、「不登校=将来が閉ざされる」ということではありません。支援を受けながら、
- 自分に合った学び方
- 自分に合った進路
を見つけていくお子さんもたくさんいます。大切なのは、長く悩みを抱え込む前に支援につながることです。
保護者として、どのように声をかければいいですか?
「なんで学校に行かないの?」と責める言葉よりも、
- 「体調はどう?」
- 「今日はどんな気持ち?」
と、お子さんが安心して気持ちを話せるような声かけが役に立ちます。すぐに解決策を押しつけるのではなく、「あなたの味方だよ」という姿勢を伝えることが大切です。
学校に無理やり行かせた方がよいのでしょうか?
無理に行かせることは、かえって逆効果になる場合があります。強く叱ったり押し出したりすると、
- 心と体の症状が悪化する
- 親子関係がこじれる
ことにつながることもあります。まずは、安心して休める環境を整えることが優先です。登校へのチャレンジは、心と体が少し元気を取り戻してから、段階を踏んでゆっくり進めていくのが望ましいです。
学習の遅れはどうすれば取り戻せますか?
次のような方法があります。
- フリースクールや教育支援センターの利用
- オンライン教材や家庭教師
- 場合によっては、在宅で学んだ内容を出席扱いにできる制度の利用
お子さんの体調やペースに合わせて、「今できる範囲」で学びを続ける方法を一緒に考えていきます。
いつごろ、医療機関(小児精神科など)に相談すべきですか?
次のようなときは、早めの相談をおすすめします。
- 体調不良が続いている
- 気分の落ち込みや不安が強い
- 眠れない・食べられないなど、生活に大きな支障が出ている
長引く前に支援につながることで、回復もスムーズになりやすくなります。
家族としてできることは何ですか?
子どもを安心させる「居場所づくり」が何より大切です。
- 怒鳴らない・責めない
- 生活リズムを、できる範囲で少しずつ整える
- 無理のない範囲で外出や好きな活動につなげる
といったことが、ゆっくりとした回復の助けになります。
不登校を経験した子は、学校に戻れるのでしょうか?
多くのお子さんが、支援を受けながら少しずつ自分のペースで学校生活に戻っています。また、学校以外の学びの場を経て、 自分に合った進路を見つけていくケースもたくさんあります。「今は一時的に立ち止まっているだけ」と考え、お子さんのペースを大切にしながら、一緒に次の一歩を探していければと思います。
